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大阪天神祭の歴史とは?天神際2016の見所は?

   

大阪の「天神祭」は東京・神田祭、京都・祇園祭とともに

日本三大祭りの一つと言われ、毎年130万人もの人が訪れる夏の都市大祭です。

今回は、大阪天神祭の歴史や、見所などをご紹介します。

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天神祭りの歴史

天満宮御鎮座の翌々年、天暦5年(951)に社頭の浜から神鉾を流し、

流れついた浜に斎場を設け「みそぎ」を行ないました。

その折、神領民や、崇敬者が、船を仕立て奉迎したのが、天神祭の始まりとされ、

一千年の歴史を誇っています。

それ以来、船の数も増え、豊臣秀吉が、大坂城を築いた頃には

船渡御(ふなとぎょ)の形が整ってきました。

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堂島川への土砂流入で、船渡御が中止になったこともありますが、

天下の台所と呼ばれた、元禄時代(17世紀後半)以降、

天神祭は、浪速のシンボルとして、隆盛をきわめ、

享保年間(18世紀前半)には「講」という祭りを支える組織が誕生し、

新たに、お迎え人形も登場、祭りの豪華さは全国的です。

幕末の政変や、二度の戦争で中断があったものの、昭和24年に船渡御が復活。

また、地盤沈下の影響で、大川を遡航するという、現在の形になったのは

昭和28年からです。

天神祭には幾多の変遷があり、その存続が危ぶまれた時期もありました。

しかしその度に困難を打開し、伝統を守り、

盛り上げていったのは浪速っ子の心意気です。

天神祭は今も、人々の熱いエネルギーに支えられ、発展しています。

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天神祭のエピソード

天神祭は、千年を越える伝統と、歴史を誇る祭りだけあって、

数多くのエピソードが、残っています。

元禄時代には、討ち入りを控えた、大石内蔵助の妻、お理玖さんと

末息子が見物に訪れていた、という逸話が近年の研究で明らかになりました。

また、大阪にゆかりの深い、西山宗因や井原西鶴、

近松門左衛門といった、文化人もお忍びで観覧し、

祭りを肴に、文学論で熱くなっていたそうです。

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幕末には、14代将軍徳川家茂のため、盛大な天神祭を開催するよう

新撰組から、天満宮へ命令の下ったことがありましたが、

政情不安の続くこの時期に、神様にお出ましを願うわけにはいかないと

断固拒否し、祭りを中止したという記録もあります。

その他、時代の流れや、新しいものを上手に取り込むのも、天神祭の魅力です。

鉾流神事

笛の音とともに、堂島川に漕ぎ出す斎船

・7:45/宵宮祭 (よいみやさい)

天神祭のスタート

天神祭の始まる24日の朝、7時45分より本殿にて宵宮祭を斎行。

8時半すぎ、白木の神鉾を手にした神童や供奉人、

約2百人の行列が、天満宮の表門を出発し、旧若松町浜の斎場へと向かいます。

・8:50/鉾流神事 (ほこながししんじ)

祭りの開幕を告げる、厳かな神事

8時50分ごろ、夏越祓いの神事の後、斎船で堂島川の中ほどに漕ぎ出し、

龍笛の調べの流れる中、船上から神童の手によって神鉾が流され、

天神祭の無事と安全が祈願されます。

今年、この鉾流神事の大役を務めるのは、西天満小学校の生徒。

天神祭の幕を切って落とす、厳かな神事の中心的役割を果たします。

大阪天神祭の見所

大阪天神祭は、なんといっても25日の船渡御(ふなとぎょ)と奉納花火が見所です。

・船渡御(ふなとぎょ)

25日の17時30分ごろに始まります。

神様に市民の暮らしぶりをご覧いただき、御加護を祈願する神事です

船で大川を行き交いながら、華やかな水上パレードを繰り広げます。

船がすれ違う時には「大阪締め」が交わされ、だんじり囃子が響き渡ります。

・奉納花火

夏祭りといえば、やっぱり花火。

船渡御が始まって少しした頃、あたりが暗くなると、奉納花火が打ち上げられます。

7月25日の19時ごろから、約2時間に渡って約5000発(予定)の花火が打ち上げられます。

この「奉納花火」で、大阪天神祭もクライマックスを迎えます。

他とは一味違う、大阪天神祭の奉納花火です。

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最近注目を集めている「ギャルみこし」は

7月23日12:00頃に出発し、天神橋筋商店街を巡行します。

今年はどんな方たちが、オーデションに参加するんでしょうね!

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